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健康に役立つβ-クリプトキサンチンのパワー

健康に役立つβ-クリプトキサンチンのパワー

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
果樹茶業研究部門 カンキツ研究領域 主席研究員
杉浦 実

1.はじめに

 β-クリプトキサンチンはオレンジや柿などの果物に広く含まれていますが、日本のウンシュウミカン(以下、ミカン)に特徴的に多く含まれています。近年の欧米人を対象にした疫学研究から、主要な6種のカロテノイド類の中でもβ-クリプトキサンチンのみに有意な肺がんリスク低減効果が認められたとする報告が相次ぐなど、β-クリプトキサンチンに際立った新たな生体調節機能が幾つか報告されるようになってきました。
 農研機構果樹茶業研究部門では、ミカンの摂取がどのような生活習慣病の予防に役立つかを明らかにするために、果樹試験研究推進協議や農林水産省の研究資金を得て、国内有数のミカン産地である静岡県三ヶ日町の住民を対象にした栄養疫学調査(三ヶ日町研究)を平成15年度から行ってきました。知られざるβ-クリプトキサンチンのパワーについてご紹介します。

2.ミカンの摂取と健康に関する栄養疫学調査(三ヶ日町研究)

  三ヶ日町研究は平成15年度より静岡県引佐郡三ヶ日町(現浜松市北区三ヶ日町)の住民1073名を対象とした栄養疫学調査です。果樹研究所と浜松医科大学、そして当時の三ヶ日町役場住民福祉課の3機関合同による調査として開始されました。三ヶ日町では住民の多くがミカン産業に従事しているため、ミカンの摂取量が著しく多い地区と云えます。また一方で殆どミカンを食べない住民もいるため、血中β-クリプトキサンチン値が幅広く分布している集団であり、β-クリプトキサンチンの有用性を疫学的に検出しやすいという利点があります。

2-1.ベースラインデータを用いた横断研究から

  三ヶ日町研究は2003年に開始した第1次調査と2005年から開始した第2次調査からなるコホートで、総計1073名の協力者からなります。
 これまでの調査開始時に収集したベースラインデータを用いた横断解析の結果から、ミカンをたくさん食べて血中のβ-クリプトキサンチンレベルが高くなっている人では、①飲酒による肝機能障害のリスク、②高血糖による肝機能障害リスク、③動脈硬化のリスク、④インスリン抵抗性(インスリンの働きが悪くなる状態)のリスク、⑤閉経女性での骨粗しょう症のリスク、⑥メタボリックシンドロームのリスク、⑦喫煙・飲酒による酸化ストレス等が有意に低いことを明らかにしてきました(図1)。これらの研究成果は国内外の医学栄養学系の専門誌に8報の原著論文として発表してきました。現在、これらの因果関係を明らかにするために、追跡調査を継続して行っていますが、日本人の健康維持・増進のために古くからミカンが役立っていたことが伺えます。

2-2a.ミカンをよく食べる人では骨粗しょう症の発症リスクが有意に低い

 三ヶ日町研究の横断研究から、血中β-クリプトキサンチンレベルが高い閉経女性では有意に骨密度が高いことが既に判明しています(Sugiura et al. Osteoporosis International 2008; 19(2): 211-219, Sugiura et al. Osteoporosis International 2011; 22(1): 143-152)。そこでベースライン調査の時点で既に骨粗しょう症を有さない人だけを対象に追跡調査を行ったところ、血中のβ-クリプトキサンチンが高濃度のグループにおける骨粗しょう症の発症リスクは、低濃度のグループを1.0とした場合0.08となり、統計的に有意に低い結果となりました(図2)。またこの関連は、ビタミンやミネラル類の摂取量などの影響を取り除いても統計的に有意でした。同様にβ-カロテンにおいても血中濃度が高いグループほど発症リスクが低くなる傾向が認められましたが、有意な結果ではありませんでした(Sugiura et al. PLOS ONE 2012; 7(12): e52643)。

2-2b.ミカンをよく食べる人では脂質代謝異常症の発症リスクが有意に低い

 これまで三ヶ日町研究の横断研究から、血中β-クリプトキサンチンレベルが高い被験者ではメタボリックシンドロームのリスクが低いことが解っています(Sugiura et al. The British Journal of Nutrition 2008; 100(6): 1297-1306)。そこでベースライン調査の時点でメタボリックシンドロームを有さない被験者を対象にその後10年間にわたり追跡調査を行いました。その結果、メタボリックシンドロームの発症リスク低減には関連が認められませんでしたが、ベースライン時の血中β-クリプトキサンチンレベルが高かった人では、脂質代謝異常症(高中性脂肪血症)の発症リスクが約33%低下することが判明しました(Sugiura et al. The British Journal of Nutrition 2015; 114(10): 1674-1682)。

2-2c.ミカンをよく食べる人では肝機能異常症の発症リスクが有意に低い

 これまで三ヶ日町研究の横断研究から、血中β-クリプトキサンチンレベルが高い被験者では、飲酒が原因による血中γ-GTP高値のリスク(Sugiura et al. Journal of Epidemiology 2005; 15(5): 180-186)、及び高血糖者での血中ALT値高値のリスク(Sugiura et al. Diabetes Research and Clinical Practice 2006; 71(1): 82-91)が有意に低いことがこれまでに明らかになっています。そこでベースライン調査の時点で肝機能が正常な被験者を対象にその後10年間にわたり追跡調査を行いました。その結果、ベースライン時の血中β-クリプトキサンチンレベルが高かった人では、肝機能異常症(血中高ALT値)の発症リスクが約49%低下することが判明しました(Sugiura et al. The British Journal of Nutrition 2016; 115(8): 1462-1469)。

2-2d.ミカンをよく食べる人では動脈硬化症の発症リスクが有意に低い

 これまで三ヶ日町研究の横断研究から、血中β-クリプトキサンチンレベルが高い被験者では、上腕-下肢間の脈波速度で評価した動脈硬化指標が有意に低いことがこれまでに明らかになっています(Nakamura et al. Atherosclerosis 2006; 184(2): 363-369)。そこでベースライン調査の時点で動脈硬化症状を有さない正常な被験者を対象にその後10年間にわたり追跡調査を行いました。その結果、ベースライン時の血中β-クリプトキサンチンレベルが高かった人では、動脈硬化の発症リスクが約45%低下することが判明しました(Nakamura et al. Nutrition, metabolism & cardiovascular disease印刷中)。

2-2e.ミカンをよく食べる人では2型糖尿病の発症リスクが有意に低い

 インスリン抵抗性はインスリン分泌低下と共に、糖尿病の発症や状態に大きく関わっており、特にインスリン非依存型糖尿病(2型糖尿病)患者で重要な病態です。現在糖尿病でなくてもインスリン抵抗性が高い人ではそうでない人に比べて糖尿病に罹る率が高くなることが近年の疫学研究から明らかとなっており、またインスリンの過剰な分泌は血圧の上昇や脂質代謝の異常も引き起こし、動脈硬化を引き起こす原因にもなります。これまで三ヶ日町研究の横断研究から、血中β-クリプトキサンチンレベルが高い被験者ではインスリン抵抗性のリスクが有意に低いことが明らかになっています。そこで調査開始時に既に糖尿病(空腹時血糖値が126mg/dL以上)であった被験者を除き、調査開始時の血中β-クリプトキサンチン値と2型糖尿病の発症リスクとの関連について調べたところ、血中β-クリプトキサンチン濃度が高かった人では低かった人達に比べて2型糖尿病の発症リスクが約57%低くなることが解りました。果物はその甘さ故に高糖・高カロリーと誤解されることが多く、糖尿病には良くないと捉えられることが多い食品ですが、実際には大半が水分であり、むしろ低カロリー食品と言えます。β-クリプトキサンチンの豊富なミカンを積極的に食べることで糖尿病の予防に繋がるかも知れない大変貴重な知見です(Sugiura et al. BMJ Open Diabetes Research & Care 2015; 3:e000147)。

3.β-クリプトキサンチンの作用メカニズムに関する研究とヒト介入試験

 β-クリプトキサンチンの骨代謝に及ぼす影響についてはこれまで詳細な実験的検証が行われており、大腿骨組織培養系を用いた実験から、β-クリプトキサンチンは骨代謝マーカーであるアルカリフォスファターゼの活性上昇作用や骨中のカルシウム含量を高めることで骨組織中のカルシウム量を有意に増加させ、骨石灰化を増進させることが明らかになっています。また、各種骨吸収促進因子による骨塩溶解(骨吸収)を抑制する作用のあることが明らかになっています。また、健常成人を対象にしたヒト介入試験においても、β-クリプトキサンチン含有ミカンジュースの長期間摂取により、骨形成の促進と骨吸収の抑制が起きることが骨代謝マーカーの変化から確認されています。これまでのヒト介入試験及び三ヶ日町研究による栄養疫学的な検証から、骨代謝に効果が期待出来るβ-クリプトキサンチンの摂取量は3mgと考えられます。
 一方、脂肪肝炎のモデルマウスを用いてβ-クリプトキサンチンの有効性を評価したところ、β-クリプトキサンチンには肝臓での炎症を抑制する作用、次いで肝障害の抑制、活性酸素種の産生抑制作用等を示すことを遺伝子発現レベルで明らかになりました。また実際に3mgのβ-クリプトキサンチンを高含有した果汁飲料を脂肪肝の患者さんに飲用して頂いたところ、肝機能や酸化ストレスマーカー値が有意に改善すること、更にはインスリン抵抗性が改善され空腹時血糖値が有意に低下することが明らかになりました。
 作用メカニズムに関する研究についても多数の原著論文として公開され、β-クリプトキサンチンの多様な生態調節機能を説明する上で重要な科学的根拠となっています。また糖・脂質代謝や肝機能改善効果を確認したヒト介入試験の結果についても現在論文化が進められているところです。

4.ミカン中のβ-クリプトキサンチン含有量

 加工食品では機能性関与成分の含有量を一定範囲に収まるように製造管理することが容易ですが、ミカンのような生鮮物の場合、栽培方法や気象条件等、様々な要因で変動することが考えられ、生鮮物で機能性関与成分を一定量以上担保することは容易ではありません。
 そこで生鮮物としてのミカンにどれくらいβ-クリプトキサンチンが含まれ、またその変動幅がどの程度なのかを詳細に把握した上で、どれくらいのミカンを食べることが健康に役立つかを明らかにする必要があります。我々は静岡県内の一産地で収穫・選果されたミカンについて、β-クリプトキサンチン含有量の調査を行いました。
 興津早生及び青島温州について、特秀・秀・優・良の4等級についてそれぞれβ-クリプトキサンチン含有量を分析した結果、何れもβ-クリプトキサンチン含有量は正規分布を示すことが解りました。また等級の高いミカン程、糖度は高く、β-クリプトキサンチン含有量も有意に高いことが確認できました(表2)。

表2静岡県産早生に含まれるβ-クリプトキサンチン量

等級 含有量(mg/100g) 糖度(Brix)
特秀 平均
標準偏差
1.80
0.15
12.5
0.5
平均
標準偏差
1.68
0.16
11.4
0.4
平均
標準偏差
1.54
0.22
10.9
0.6
平均
標準偏差
1.29
0.14
9.8
0.4

更に糖度とβ-クリプトキサンチン含有量について相関分析を行ったところ、有意な正相関を示しました(r=0.687, P<0.001 図7)。光センサー選果機による糖度選別はβ-クリプトキサンチン含有量を全数検査することにほぼ等しいと考えられ、光センサー選果機による選果がβ-クリプトキサンチン含有量の保証に有効であることが判明しました。
 次に興津早生及び青島温州を一日当たりどれくらい摂取すれば健康の維持増進に効果が期待出来る3mgのβ-クリプトキサンチンを摂取できるかについて検討したところ、最もβ-クリプトキサンチン含有量の低い興津早生の良品でも可食部として270g(中心階級のMサイズをおよそ3個)摂取すれば3mgのβ-クリプトキサンチンを摂取できることが明らかとなりました。

5.おわりに

 現在、各産地におけるミカン中のβ-クリプトキサンチン含有量について、品種や産地による違いを全国規模で調査を行っています。その結果、極早生、早生及び晩生品種の何れにおいても糖度とβ-クリプトキサンチン含有量は極めて良く相関し、極早生品種であっても糖度が10度以上であれば、ほぼ確実に1mg以上のβ-クリプトキサンチンを含有することが明らかになりました(可食部100g当たり)。これらのデータを公開することで、どの産地のミカンでも糖度を担保すれば必ず一定量以上のβ-クリプトキサンチンが含まれていることを裏付ける科学的データとなり、産地や品種毎に含有量データを調べる必要が無くなると考えられます。また現在、ミカン以外の中晩柑類でもβ-クリプトキサンチンを高含有する新品種が数多く開発されていますが、これら中晩柑柑橘類もミカンと同様に健康効果が期待でき、今後更にβ-クリプトキサンチンを含有する国産ミカン類の消費拡大が期待されます。
 一方、私達はミカンの摂取が2型糖尿病の発症リスク低減に有効であることを三ヶ日町研究から明らかにしました。果物は甘いのでカロリーが高く、糖尿病に良くないという誤った認識が消費者だけで無く、医療従事者にも多くありましたが、三ヶ日町研究はこの誤った常識を覆す大きな成果と言えます。またこれまでに、糖尿病であってもミカンを多く食べる人では肝機能異常が少ないことを明らかにしており、ミカンが糖尿病の予防だけで無く、既に糖尿病であっても積極的に食べることで高血糖に伴う合併症の予防等に役立つことが期待できます。
 今後、更に骨代謝以外のミカンの健康効果も販売戦略に活かし、消費者に積極的にPRすることで消費拡大に繋がることを期待しています。

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